犬神さまのお嫁さま
 「あ…あのママ、希彦…」

 「まぁそんな格好で。昨日は熱帯夜だったものねぇ。向こうのお部屋、クーラーの調子悪かった?今日、業者さん呼んで見てもらっておくわね」



 私が希彦の名前を出した事でママは希彦に向き直る。
 どうやらママの中では希彦のこの格好は寝苦しいから脱いだという事で片付いているらしい。

 凄い状況把握にぐうの音も出なかった。

 勿論、希彦も。


 呆気に取られて、というか予想不能のママの発言に言葉を失ってるらしい。

 さっきまで希彦の周りを取り巻いていた空気は完全に霧散していた。



 「あ、あの…」

 「ああ、そう!ご飯出来たから呼びに来たんだったわ。2人とも早く下りてらっしゃいね?」


 ママの独壇場と化したこの状況に居た堪れなくなった希彦の声も空しくママは言いたいことだけ言うと来た時と同じくパタパタと足音を響かせてキッチンへと戻って行った。


 残された私達に海溝の底が見えるぐらい深い沈黙が落ちる。

 さっきまでの熱っぽさは完璧に消えてまるでいきなり冷や水を頭からかけられた気分だ。 
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