冬うらら2

 今にも、カイトが抱きしめそうなことを、予感して逃げたワケではないのだ。

 などと、悠長に観察している余裕は、彼にはなかった。

 意識の中の、1%未満の理性だけは探知していたが、カイトの中枢部に届くまで、全然時間が足りなかったのである。

 本能の方が、はるかに早かった。

 離れた身体との距離を、あっという間にマイナス寸前にしたのだ。

 さっき彼女が向けた力よりも、もっと強い腕で抱きしめる。

 こうすれば、自分が満足するのだと、やはり1%未満の意識が、棒グラフのゲージを下降させようと指令を出している。

 しかし、それはかなりの計算ミスだった。

 抱きしめたら、この『ゼロ』の距離さえ、もどかしく苦しいのである。

 唇なら。

 カイトは、彼女の頬を捕まえて上に引っ張り上げた。

「む…んんっ」

 唇なら―― ゼロ未満に出来る。

 メイ…。

 心の中で、名を呼ぶ。

 理性のゲージの方が、1%未満を更に大きく下回った。

 キスのよいところは、言葉を探す必要がないことだ。

 彼女を傷つけないようにとか、誤解されずにうまく伝えなければとか、そいう努力はいっさいいらない。

 ただ、気持ちのすべてを唇と舌に乗せて、メイの熱い海の中に飛び込ませさえすればいいのだ。

 ダメだ。

 唇でも追いつけない。

 痛いくらいにそれがわかる。

 離れたがらない身体を、一度メイからもぎはがすために、彼はどれだけのエネルギーを消費したか。

 しかし、それは身体を二つに分けたままにしておくためではなかった。

 乱れた呼吸を、戻そうとしている彼女の腕を掴むや。

「あっ!」

 その突然の行動に、彼女は驚きの声をあげる。

 構わず引っ張った。

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