冬うらら2

 だからあがくし、もっと上に登らないと気が済まなかった。

 オレがオレの力で――

 そこまで、思った時。

「とりあえず、名前を教えてもらえるかな? 息子は、私らの娘になる人の名前も教えなかったんでね」

 父親が、言った。

 ふっと。

 イライラが、死んだ。

 父親が、さらっと言った言葉の中に、強い意思と他の別のものが入り交じっていたからだ。

 カイトは、何も考えられないまま隣を見た。

 そこには、メイが座っていて。

 彼女も、一瞬時を止めているように見えた。

「メイと申します。本当にふつつか者ですけれども、どうかよろしくお願い致します」

 さっきまでガチガチに緊張していたのが嘘のように、言葉は固いけれども―― でも、それは自然なメイの表情だった。

 父親も、母親も。

 ふわっと笑った。

 カイトの心に、苛立ちが戻ってくる。

 クソッ。

 こういう雰囲気も苦手なら、父親が彼女の緊張を解いたのも腹立たしかった。

 でも、一番腹立たしかったのは。

 また、あがかずにはいられないような見知らぬ力が、この中年男から感じられたからである。

 面白くもない公務員で、趣味は釣りで。

 母親とは平凡な夫婦を続け、貯金もそれなりにある。

 明日の生活に憂いは何もない、こんな普通のオッサンに、どうしてこんなに苛立たなければならないのか。

 ただの他人であれば、道ばたで通り過ぎても、決して振り返ったりはしないような相手であるというのに。

 誰も、この中年男の人生を振り返って、こうなりたいと夢を見ないだろう。
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