冬うらら2

 なのに。

 布団は、そこはかとなくメイの香りを残し―― 逆に、ギンギンに目が冴えてしまったのだ。

 ヤバイ。

 弟の軍に追いつめられているのが、如実に分かる。

 あの小高い丘の向こうに、大群が迫っているような気配さえ感じられるのだ。

 眠りという逃亡さえ出来れば、全滅させられることはない。

 だから、自分に早く寝ろ、と。

 そう命令をすればするほど時間が過ぎ、心臓の鼓動が速くなる。

 バクンバクンと、自分の耳に聞こえるくらいの音量になってしまった。

 これで眠れるはずがない。

 そして、最悪は続いた。

 ついに。

 メイが、風呂場から出てきてしまったのだ。

 ドアの開く音、閉まる音。

 歩く音。

 彼女の気配。

 息づかい。

 毛布をひっかぶったままのカイトは、いつも以上に研ぎ澄まされた感覚で、はっきりとそれを感じていたのである。

 これではまるで、お婆さんのところにお使いに来た、『赤ずきん』を食べるためにベッドに潜む、オオカミのようではないか。

 そうして、赤ずきんは聞くのだ。

「カイト…もう寝ちゃった?」

 その声が何気ないものであったら、カイトはきっとこれ幸いとタヌキ寝入りをしただろう。

 そういう逃げ方もあったのだ。

 しかし、メイの声は、置いて行かれた動物みたいだった。

 それが、一瞬にして彼の心をかき乱す。
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