冬うらら2
□64
「ごめんなさい…」

 恥ずかしくて、小さくなったような声が助手席から聞こえる。

 運転しながらちらりとそっちを見ると、声通りの様子のメイが赤い顔のままこっちを見ていた。

 さも、申し訳なさそうに。

 あの魚屋の前で、それはもう大変な騒ぎになったのだ。

 彼女を取り囲んで、周囲の住民が集まり、質問と再会の喜びの大合唱だったのだから。

 地元付き合いの薄いカイトからすると、信じられないような出来事だった。

 いかに、彼女がとても可愛がられていたのかが知れて、『当然だ』と思うのと同時に、『面白くない』という気持ちも入り交じる。

 しかし。

 カイトにとって、幸せなこともあったのだ。

 住民の最初の矛先はメイだったが、次の矛先は、当然見知らぬ男である彼に注がれた。

 それ自体は、ちっともありがたくない。

 だが、彼女は恥ずかしいながらも、一生懸命カイトの存在を、みんなに紹介してくれた。

『大事な人』

 あの、ユウとかいう性別不明の子供にも言った言葉を、何度も何度もメイは繰り返したのだ。

 最初に言われた時は、衝撃的だった。

 リンに言った時よりも、はっきりとした言葉だったのだ。

 子供の言うことだからと我慢はしたが、ムカムカするような言葉も、あのチビに言われた。

 オジサンだの、メイと結婚するだの。

 けれども、それを補った言葉がそれだった。

 大事な人―― その言葉は、カイトの中で何度も何度も、彼女の声でリフレインした。

「あ、見えてきた…」

 メイが小高い丘に、視線を投げる。

 そこが、どうやら墓地らしい。
< 309 / 633 >

この作品をシェア

pagetop