冬うらら2

 あの社長が……。

 リエは目を見開いて、その不思議な光景を見ていた。

 彼女は、結婚式には出席していない。

 この披露宴にだけ、招待されたのだ。

 だから新婦を見たのも、社長のタキシード姿を見たのも、これが本当に初めてのことだった。

 社長が結婚した―― 正確には、籍を入れたというのは知っていた。

 秘書という立場上、社長に回ってくる電話のほとんどは彼女を通すので、おそらく二度ほど声も聞いたことがあった。

 その時の声を思い出すと、あのワンマン社長に毎日怒鳴られているのではないかと、リエの方が心配してしまうようなものだった。

 理不尽なタイミングで怒鳴ることが多く、社長と言えばそのイメージしかなかったのだ。

 だから、よくあの男と付き合えるものだと、不思議だったのである。

 が。

 入場の一瞬を見て、唖然とした。

 あの社長が、新婦を気遣うような様子を、端々にちりばめて歩き出したのだ。

 少なくとも、会社で仕事をしている時からは想像もつかない。

 一般の人には分からないかもしれないが、毎日毎日秘書として近くにいたリエだからこそ、その違いは明白だったのである。

 1人でざくざく歩いて行き、新婦を置き去りにするとか、新婦を引きずる、とかいうアクシデントが起きないかと、心配していたというのに。

 フタを開けて見れば、あの社長にしてみれば、信じられないほどの優しさだったのである。

 はぁ。

 驚きながらも、少しだけ分かったことがあった。

 あの社長は、新婦とそれ以外の人で、はっきり区分けをしているのだと。

 女には、無条件で優しいような人もいる。

 しかし、彼女のボスがそんな器用な性格でないことは、これまでの付き合いで分かっていた。

 きっと、あの女性だけが別格なのだ。

 こんな話しを、カイトを怖いと思っている女性社員に言ったところで、きっと信じてはもらえないだろう。
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