冬うらら2

 社内の人間なら気づいているだろうが、あの男が場の雰囲気を、なごやかに維持できるはずがなかった。

「僭越ながら…」

 眼鏡の位置をすっと直した後、グラスを持った副社長がマイクの前に立つ。

 そして、彼は自分が企業の副社長であるという立場としてそこにいることを、絶対に忘れないのだ。

 その証拠に。

「鋼南電気株式会社は、株式一部上場より……」

 と―― いきなり、会社のCMを始めてしまったのである。

 会場の人たちが全員グラスを持ち、いつでも「乾杯」のかけ声を待っているというのに、こまごまとした経営成績を並べ始めるのだ。

 シュウのことを知らない人間たちも、そろそろ「ヤバイ…長演説だ」と、気づき始めたようだ。チーフが盛り上げたテンションを、一気に急降下させていく。

 気づいていないのは、本人だけだ。

「弊社としましては……」

 まだ続く。

「更に、今後の経営方針としましては…」

 まだ続くか。

 ついに、シュウの後ろに影が忍び寄ったのに、カイトは気づいて片方の眉を動かした。
< 453 / 633 >

この作品をシェア

pagetop