冬うらら2

 シンは、上の空だった。

 祝宴になって、ようやく会場入りして席についてから、わずかの酒類と食べ物を口に運びはしたものの、心は遠くに飛び去っていたのだ。

 披露宴ならではの、置きっぱなしで乾いてしまったイクラの赤を見ては―― 彼は、違うものを思い出してしまっていた。

 重傷か…。

 ぼそっと、そう呟くだけだ。

 だから、彼は新郎が不自然に会場から消えたのには、気づいていなかったのである。

 そんな状態で始まった友人代表のスピーチで、鋼南電気の社長が消え失せたという単語を聞いた時、ようやく彼の魂は、会場に少し戻ってきたのだった。

 ほぉ。

 目を細める。

 今日、式を挙げる2人については、披露宴の前にちょっとだけ聞くことが出来た。

 世間は、狭いものだ。

 そう思ったのは一瞬だけで、あとはその言葉を語る女を見ているので、精一杯だった。

 そんなシンなので。

 新郎が逃げ出したと聞いても、さして驚くことはなかった。


 何しろ―― まだ、その女のことを、思い出しているので精一杯だったのだから。
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