冬うらら2

「ごめんよ、ちょっと早くなって…意外と道が混んでなかったんだよ」

 周囲の視線が、彼に注がれていることに、気づいていないのだろう。

 少なくとも青年の目は、鋼南の秘書だけしか、視界に入れていないようだった。

 もしかしたら、足元のウェイターの存在にさえ、気づいていないのかもしれない。

「でも、早く会えて嬉しいよ! 実を言うと、会いたくて会いたくてしょうがなかったんだ。あ、でも邪魔はしないよ。あと30分くらいだよね…終わるまで店の前で待ってるから!」

 何と、素直な男なのか。

 はっきりとしたしゃべり方で、大変聞き取りやすい声のおかげか、一言一句聞き漏らすことも、聞き間違うこともなかった。

 みな、最初のショックがようやく抜けて、一様に戸惑っていた。

 いきなり現れた存在が、一体リエとどういう関係なのか―― それが、気になってしょうがないらしい。

 それも、当然だろう。

 あの、高嶺の花のリエの前に、こんな男が現れたのだ。

 ハルコでさえ、ちょっとびっくりした。

「ツバサ……あな…何てこと…」

 リエの方は、しかしまだショックのさなかだった。

 うまく言葉を切り出すことも出来ないように、唇をわなわなと震わせている。

 このままでは、ここで痴話喧嘩を始めてしまいそうだ。
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