冬うらら2

「あーん…」

 タロウが、フォークに突き刺したリンゴを近づけると、ハナは目を閉じたまま、ぼんやりと口を開けた。

 シャリッ。

 すっかり口紅のはげてしまった唇が―― しかしリンゴの白い肌と対比するとやっぱり赤く―― 酒の余韻で熱い吐息をつきながら、その果物を噛みしめた。

「冷たくて気持ちええやろ?」

 ハナに構っているという現実で、彼は悦に入っていた。

 おまけに酒のせいか、異様に色っぽいではないか。

 最初にあの強気を見ていた分、このギャップがたまらなくタロウのツボにハマった。

「うー……リンゴより、イチゴがいい」

 しかし、酔っていても性格の根本は変わらないらしい。

 可愛いワガママに、彼は口元を緩めると、フォークに刺さったままのリンゴの残りを、自分の口の中に放り込んだ。

 シャリシャリ噛みながら、イチゴにフォークを突き立てようとした。

 が。

 イチゴは小さなものばかりで、フォークに刺して食べさせるのは、ちょっと大仰なカンジがした。

 口をモシャモシャやりながら、タロウは手で一つつまみ上げると、ヘタの部分を持って、彼女の方に近づける。

「今度はイチゴやで…あーん」

 ようやくおさまりのついた口で、彼はそう呼びかけると、ヒナ鳥のようにかぱっと口を開ける。

 気をつけないと、指まで噛まれそうな気がする。

 控えめに歯にイチゴを触れさせると、その果物のラインを追いかけるように唇が近づいてくる。

 その唇は、正確にイチゴの根本を。

 要するに、ヘタと実の境目にある彼の指の先までたどり着くと、白い歯で実をかみ切ったのである。

 一瞬。

 確かに、タロウの指に当たった唇。

 うわっちゃあ!

 何とも予想外の役得に、彼の心は騒いだ。

「も…一個」

 そんな心を知らないハナが、次のイチゴを要求する。

「おお、何個でも食べさせちゃるでぇ~!」

 さっきの一件で、すっかり調子くれてしまったタロウだった。
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