冬うらら2

「どうしはったんや? うちのシャチョーは」

「あかん…頭の上に、何か飛んでるで」

 ざわざわ。

 タロウには、仕事があった。

 だから始発で帰ってきた足で、そのまま会社に入ったのだ。

 しかし、ちっとも仕事が手につかなかった。

 彼のロッカーに入っているもの。

 いや、その持ち主のことが、気になって気になってしょうがないのだ。

 そして、もう何十回とたてつづけに、ため息をつき続けていた。

 あか~ん、頭にこびりついて離れへんで。

 ロッカーの中には、女物のジャケットが入っている。

 勿論、タロウのものではない。

 昨日出会った、天使の上着だ。

 何故こんな状態になったかというと。

 昨夜、タロウは彼女に上着を貸したのだ。

 介抱した時に着せかけたまま、それからずっと貸しっぱなしだったのである。

 店を出る時、クロークから上着を受け取った彼女は、酔っぱらったまま着替えようとしたのだが、彼が慌てて止めた。

 それには、ちゃんと理由があった。

 酒で苦しそうにしていた時にタロウは、彼女の―― ブラのホックを外していたのである。

 本人は気づいていないようだが、他の男に何か気づかれたくなかった彼は、そのまま上着を貸したままにしていたのだ。

 タロウにはコートがあったので、最悪の寒さはなかった。

 それに、自分の上着を貸しているという事実に、非常にご満悦でもあったのだ。

 酔っぱらった勢いで、自分のジャケットをアスファルトに引きずるようにしていたので、持ってやっていた。

 カラオケ屋で三次会の後、気づけば、彼女と2人きりになる。

 いや、そうなって欲しかった彼が、そうなるようにし向けたのだ。

 家まで送るのは、ナイトの仕事や!

 酔って、今度はすっかり陽気になったハナが、ケラケラ笑いながら道案内した家というものは。
< 624 / 633 >

この作品をシェア

pagetop