冬うらら2

 みな、こっちの方を見ないように、キーボードを入力したり、書類をがさがさ言わせたりしているけれども、そんな擬音語さえも、息をひそめていた。

 そうして。

 彼らの耳が、こっちの方に向いていることは―― あきらかだった。


「くだんねーこと言ってねーで、とっとと仕事しろ!」


 部屋中に響く大声。

 カイトは、開発の連中の好奇心を満足させてやるサービス精神など、少しも持ち合わせていなかったのだ。

 ガタガタッッ!

 その喝に、弾かれたように全員一斉に、身を乗り出して仕事の続きを始めた。

 最初から、そうしてりゃいいんだ。

 回転椅子をくるっと回そうとしたら、しかし、まだすぐそこにチーフがいるのが分かった。

「まあまあ、社長。みんな興味があるんですよ。もしも、本当に結婚されたんなら、『おめでとうございます』の一言を言わないままでは、寝覚めが悪いですからね。社長は、指輪をされていないので、その噂が本当かウソかで、みんなモメていたんですよ」

 事実になったら教えてください。

 そう笑って、チーフは行ってしまった。

 フン。

 カイトは、キッと椅子を回してディスプレイの方を向いた。

 くだらない話は忘れて、早くこの仕事を終えて帰らなければ――あ?

 いま、カイトは何か引っかかった。

 そうだ。家に電話を入れようと思ったのだ。

 先に食って寝ておけ、と。

 カイトは立ち上がると、ケイタイだけ掴んで開発室を出た。

 廊下の奥の方にハマって。

 ピッ。

 もう短縮一つ押すだけで、家の電話にすぐつながるようにしている。

 いままで、家の電話なんか短縮に登録もしていなかった。

 コール音が続く。

 無意識に、ドキドキしていた。

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