レンタルビデオの女
なんと彼女の方から達也に話しかけてきてくれた。
しかも満面の笑みをトッピングして。

それはとても小さな一瞬の出来事だったが、1年間彼女に思いをよせ続け、いまだに
一言も言葉を交わしたことのなかった達也にとっては手を伸ばしても届くはずのない
憧れのアイドルが自分だけのために微笑みかけてくれるようなものだった。

達也は今まで彼女を目の前にすると緊張して直視できず、遠目から見ることしかでき
なかったが、彼女がバイト中、時折見せるその笑顔が何より大好きだった。

「えっ、どっ、どどーもぉ・・・いやっ、エビっさぁま、すい ません!!」

達也はたった今起きた奇跡へのおさえ切れない喜びと、崩れ落ちそうな緊張に動揺
し、なぜか謝ってしまった。そして、足元がフラつき財布から小銭をジャラジャラと
落としてしまった。
達也はあたふたと小銭を拾い集めると、爆発しそうに赤面した顔を隠すように店内を
飛び出た。

「ありがとうございました。」

幸田さんはいつも通り常連の達也を見送った。

達也は興奮を抑えきれず家まで猛烈にダッシュした。

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