生徒会長様の、モテる法則
そうぼやいてビニール袋を持つ手と傘を持つ手を入れ替えた奈央さんの左手に、何となく視線が移った。
指輪だ。
薬指にはめられたそれはシンプルな作りだが高級感があり、重みを感じさせる。
不意に、息が苦しくなった。
嫌な予感、というやつ。
元々、付けているだけなのかもしれないと。それをたまたま今日付けているだけなのだと、色々説明付けてみるが特別な意味のあるその場所に、指輪がある理由。
私が薬指を見ている視線に気が付いたのか、奈央さんは照れくさそうに笑った。
「あ、こないだは付けてなかったのにって思うたでしょ」
「あ、…はい」
弾かれたように我に返り返事をすると、彼女は長い睫毛の影を落として呟いた。
「先週な、プロポーズされたんよ」
そう薬指を眺める奈央さんの瞳は、世界中の誰よりも幸せなのだと錯覚するほどだった。
殴られたような衝撃に、少し上擦りながらも当たり障りのない祝福の言葉を並べ、漸く変わった信号に背を向ける。
学校に忘れ物をした、と、適当に付け加えて。
ローファーとソックスに跳ね返る泥水も、傘から逃げて体に当たる大粒の雨も知らないフリをして私は走った。
右京は、知っているのだろうか。
いくら、いくら一方的な片想いだって相手が結婚するなんて――…辛いに決まっている。
彼が学校にいる保証なんかどこにもなかったが、まだ終わってから時間が経っているわけではない。
私は学校を終えてほぼ一番に校門を出たのだから。
実はドラマの再放送を見たかっただけなのだが、早く出て良かったと思う。
振り返る生徒の視線を感じながらも昇降口をくぐり、傘を傘立てに、それから乱暴に下駄箱へローファーを突っ込んで私は屋上に続く階段に足をかけた。
屋上に、居るとは限らないのに私の知っている彼はそこ以外に知らない。
響き渡る足音を背に、私は勢いよく屋上の扉を開けた。
「…、あ…」
視界いっぱいに広がったの、鉛の雲と空から垂れ下がるように降り続く雨。
一面に広がるコンクリートには、人の影もない。