生徒会長様の、モテる法則
8-999 番外編 一流執事と見習いお嬢様
「仮にも女性なんですから拳で目上の人を殴るのはいけませんよ」
私がそう言いながら氷袋を彼女の頬へ当てると、その冷たさに驚いたのか妙な声を上げ暫くして、消え入りそうな声で、ごめんなさい、と呟いた。
車内での沈黙。
跡が週明けまで残っていたらどうしよう、と眉を落とす乱暴なお嬢様は何だか可愛らしい。
強い意志、折れない心、こんなに小さい体のどこにそんな力があるのか。
不思議で仕方ない。
「ブラック、ありがとう」
私が片手で押さえていた氷袋を自分で掴んで、当て直しながら鈴夏様は上目だけで此方を見た。
肩まで伸びた少し色素の抜けた髪が、氷袋の水滴に引っ張られくっついている。
「升条の社長を説得して親父と会わせてくれたんでしょ?」
電話で旦那様に説明をして、納得してもらっただけだ。
少々骨が折れたのは確かだが。
「お礼です。髪を乾かしてくださったのと、私の話を聞いてくださったのと色々お世話になりましたから」
氷袋に張り付いた髪を払ってやると、少し目を尖らせて彼女は此方を睨み上げた。
本当、表情がコロコロ変わる人だ。
「あれは、ブラックが私に世話灼くから、お返しだったの!それにブラックがお返ししたら、意味ないじゃん!」
確かに。
妙に納得した。
「まぁいっか、そしたらまた私がお返しして、これこそギブアンドテイク!月にも太陽にもなれるね」
太陽。
彼女の笑顔は、正にそれだった。
「ねぇ、なんかないの?」
「何がですか?」
「お返しすんの!部屋掃除しろ!とか、1日奴隷になれ!とか」
極端な彼女の贈り物に、思わず喉の奥で笑ってしまう。
「特には…」
「もう!なんでないのよ!しっかりしてブラック!」
あ。
一つだけ見つけた。
執事は何も見返りを求めない。それが仕事だから。
でも一つだけ、ワガママを言ってみようか。
「深月、と」
「え?」
「そう、呼んでくださいますか」
驚いた顔の彼女が笑顔で私を呼んだとき、私は初めて自分の為に笑った気がした。