生徒会長様の、モテる法則
10-1 喧嘩
「どういうことですの!」
「ど、どうしたの…彩賀さん…」
いつも通り登校し、教室の扉を開くと遠くからこちらへ影も残らぬ早さで近づいてきたのは彩賀さんだった。
私と変わらぬ身長の、しかし私より小さな顔が睫毛の音が聞こえそうな距離まで近づいた。
ブロンドの長い髪が揺れ、ウエーブが胸の辺りで小さく跳ねる。
口調とは裏腹に悲しげな表情。
大きな瞳からは、今にも涙が零れそうだ。
え、私なんかした?
「これを…」
ヒラリと、差し出されたのは灰色の新聞紙。
しかしそれは普段見る有名な会社のものではなく、校内新聞と呼ばれる、新聞部が発行するそれだった。
学校で起きた行事は勿論、生徒達の親の会社の宣伝なども頼めばしてくれるらしい。
何気なく受け取って一面に目を落とす。
「…、げっ」
「鈴夏さん!」
「はいぃぃ!」
がっしり両肩を掴まれて、脳がカラカラと揺らいだ。
「よりにもよって、なんであんな弱い男なんかと!」
「あわわわ!ちょっ…ストップ脳みそが揺れる!」
目が回り、手元にあった新聞が滑り落ちる。
“久遠寺秋斗結婚か?!お相手は…!”
要冬真の影で薄れがちだが、久遠寺くんも彼に負けじと整っている容姿が女子から密かな人気らしいのだ。
だからこその、この見出し。
これを見た彼のファンは嘆き悲しんだ事だろう。
私は違う意味で絶望した。
『結婚会見でもしましょうか』
約一週間前、二人きりの料亭でそう言われ、イヤダとも言えない空気に思考回路が完全停止した私の額を人差し指だけで小突いた久遠寺くんは、楽しそうに笑った。
『冗談ですよ、ちょっと早すぎますしね』
冗談じゃ、なかったの!?
これでは、もう後戻りは出来ない。
記事の内容を確認しようと、彩賀さんを宥めて手を離してもらってから地面に落ちたままの新聞紙を拾おうとしゃがみ込むと、その前に新聞紙は宙に浮き私の視界から姿を消した。
一瞬、何者かの長い手が映り込む。
甘い香水の香り。