生徒会長様の、モテる法則
保健室特有の鼻を通すような匂いが、やんわりと体に染み込んでいく。
「先生はいらっしゃらないようですね」
久遠寺くんはあまり驚く様子もなく独り言のように呟き、私をベッドの上に下ろした。
踵を返した瞬間感じたバニラの香りに気を取られていると、それをかき消すように薄荷が目元を掠める。
彼は私の目の前にしゃがみ込み無表情に見上げると、どちらの足ですか?と一言。
一瞬なんのことか分からず言葉に詰まったが、辛うじて返事をすると戸惑う様子もなく右足を覆っていた紺色の靴下をずりおろした。
冷たい手が脹ら脛に優しく触れる。
「とりあえず冷やしましょうか」
そう呟いてから息も吐く間に患部へ逆立つような寒気が広がった。
貼られた冷湿布は冷蔵庫に入っていたらしく、キンキンに冷えていて痛いくらいだ。
「冷たっ!」
「はいじゃあ寝ましょうね」
「うおっ」
サッと立ち上がった久遠寺くんの右手が私の肩を強めにつついた。
押されると思っていなかった体が重力に耐えられず落ちていく。
計らったように頭は枕の上へ落ち、白いシーツの上で体が小さく跳ねた。
それから丁寧に私の両膝を持って同じ様にシーツの上に移動させてから、湿布の貼られた右足の下に堅い枕置く。
流れるような動作に、呆気に取られていたが我に返る完全に病人扱い。
「え…、あれ…っと…」
状況が読み込めていない上擦り気味の声が、久遠寺くんの溜め息でかき消されて室内が静まり返った。
「思ったより腫れてますね」
「え!あ、すいません…」
なんか怖い!
気負い負けして思わず謝罪の言葉を口にするが、彼には通用しない。
「折れてはいなさそうですが、冷やすなら氷水の方がいいかもしれませんね、今作ってきますから大人しく寝ていてください」
慣れた様子で一直線に部屋の隅にある冷蔵庫へ戻っていく久遠寺くんの背中を見送って、私は汚れ一つない天井を見上げた。
湿布だけでいいのに。
気遣いがくすぐったくて嬉しかった。