悪魔は甘く微笑んで【恋人は魔王様 番外編◇ドリーム小説】
連れて行かれた先は、……楽屋口?

にこり、と。志保さんは優美な笑みを浮かべる。

「あんな遠くで叫ぶより、近くで見たほうが良いと思わない?」

そうして、バッグから鼠のぬいぐるみを取り出した。
有名な、耳の大きな鼠。

「近くで、見るって……?」

事情が飲み込めないうちに、周りに人が増えてきた。
そのざわめきから、皆のテンションの高さが伺える。

……ここって……。

私がようやく何かを悟ったのと。
扉が開いて、役者さんたちが出てきたのはほとんど同時だった。

「きゃぁあああっ」

悲鳴にも似た、黄色い歓声。

私はその輪の中に放り込まれて迷子になったような錯覚を覚える。

ふと。
氷川亮総さんが立ち止まってこちらを見た。

「やぁ、こんにちは」

私に挨拶を……?
な、はずはなく。

「今日も素敵でした。これ、今日も持ってきましたっ」

志保さんは鼠のぬいぐるみを渡す。

「ありがとう」

にこり、と。
蕩けそうな笑みを、氷川さんが浮かべる。

志保さんだけに向かって。

溶けそうなため息が、あちこちから聞こえてきた。
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