アンダンテ
路地裏から舞台へ
 不良の避暑地、路地裏。
「おいこら、テメェ誰様に向かってガン飛ばしてんだコラ!」
 道端にたむろしている不良さえも氷つくような眼光。脱色して性格そのものを現すかのような髪。華奢な体付きはとても喧嘩強く無さそうなのにその眼光で悟ってしまう。あぁ、コイツはヤバいと。
 だが、路地裏に降臨した白狼は、どうやら兎三匹を逃がす程潤ってはいないらしい。次の瞬間にはもう、叫び声も聴こえずに只ドサリと力尽きた体が落ちる音だけがした。
 鳳慶太郎は不機嫌だった。不機嫌な時の彼には会うものではない。そんな噂が、路地裏社会(ここでは、不良達の社会じみた喧嘩ゴッコをしている環境をそう説く)のあらゆる場所で流れる程慶太郎は恐れられていた。
 そもそも、容姿淡麗、成績そこそこ、運動大得意の慶太郎が何故にこの様にグレたのか。それは誰も知らないのだった。
 このまま家に帰っても何もする事の無い慶太郎は最寄りのゲームセンターへ向かった。
 おびただしい数のヌイグルミを見て、路地裏社会のど真ん中にいる時には絶対に見せない笑顔が溢れる。しかしそんな笑顔も、何故か悲しそうに無表情の奥に沈んだ。当人は何事も無かったかの様にダンスレボリューションへ近付いて行った。いや、もしかしたら当人さえも気付かなかったのかもしれない。
 慶太郎は入る時に両替しておいた百円玉を二枚入れた。奇抜な音と共にデジタル画面に矢印が現れる。その1つ1つを寸分の狂いも無くこなして行く。
 辺りは次第にゲームセンターに来ていた客が集まり出していた。こんなのはいつもの事だ。目の端で傍観者達を捕えつつ、目線は画面から離れない。もう、5ゲーム目だった。
 辺りが橙に染まる頃、片手に大塚愛のキャラクターのヌイグルミを抱えながらゲームセンターを後にした。それは、不良が可愛いヌイグルミを抱くと言う異様な光景。
「ただいま……」
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