アンダンテ
郊外の団地にある貸し家。お世辞にも綺麗とは言えないが汚くはないこの家が今の慶太郎と父の住まいだ。
父は、慶太郎の声にビクリと反応した。
「あ、あぁおかえりなさい」
慶太郎は不審に思い眉根を寄せたが、父はこんな感じだと一人納得して、茶の間へ向かおうとした。
「ま、待ちなさい。今日はまだ……茶の間には入らないでくれ」
父が動揺した声を出した。どうしたのか、そんな事を言われたら余計気になってしまう素直じゃない子が慶太郎だ。
「何でだよ?」
父には、路地裏社会で見せる冷酷な目は絶対に見せない。父が答えに詰まっている間に、慶太郎は茶の間の扉を開けた。
「……!」
滑らかな曲線。品のあるボディ。輝き艶のある黒い塗料。それは日光を浴びてモノトーンの鍵盤を更に美しく見せる。アプライトピアノ。
慶太郎が見たくないもの。目を背けて逃げたもの。手放した栄光がまだそここにずっと慶太郎の帰りを待っている。激しい怒りと共に慶太郎は父の襟を掴み上げていた。
「おい。何だアレ。置くなあんな物。俺に……見せないでくれよ」
最後の言葉は切なく、寄せた眉と頬に伝う涙が優しく父の襟を離していた。
父は只呆然としている。慶太郎も何も話さずに只泣いている。どれ位の沈黙があっただろうか。沈黙を破ったのは父だった。
「慶……お前まだピアノが」
そこに、待ちくたびれたかの様な声が遮った。
「おじ様。もう俺が出てもよろしいですか」
声の主に気付いたのか、慶太郎はピクリと反応した。
「お前、光邦、なんで!?」
慶太郎の目の前に、まさに立っているのは、一年前に留学したはずの北見光邦だった。
「やぁ、慶太郎……随分とがったね。いろんな意味で」
慶太郎はそれは俺の頭を指しているのか? と考えたが光邦だって今の慶太郎が最も会いたくない人物だ。
二人はライバルだった。ちょうど一年前に光邦が留学するまでは。
父は、慶太郎の声にビクリと反応した。
「あ、あぁおかえりなさい」
慶太郎は不審に思い眉根を寄せたが、父はこんな感じだと一人納得して、茶の間へ向かおうとした。
「ま、待ちなさい。今日はまだ……茶の間には入らないでくれ」
父が動揺した声を出した。どうしたのか、そんな事を言われたら余計気になってしまう素直じゃない子が慶太郎だ。
「何でだよ?」
父には、路地裏社会で見せる冷酷な目は絶対に見せない。父が答えに詰まっている間に、慶太郎は茶の間の扉を開けた。
「……!」
滑らかな曲線。品のあるボディ。輝き艶のある黒い塗料。それは日光を浴びてモノトーンの鍵盤を更に美しく見せる。アプライトピアノ。
慶太郎が見たくないもの。目を背けて逃げたもの。手放した栄光がまだそここにずっと慶太郎の帰りを待っている。激しい怒りと共に慶太郎は父の襟を掴み上げていた。
「おい。何だアレ。置くなあんな物。俺に……見せないでくれよ」
最後の言葉は切なく、寄せた眉と頬に伝う涙が優しく父の襟を離していた。
父は只呆然としている。慶太郎も何も話さずに只泣いている。どれ位の沈黙があっただろうか。沈黙を破ったのは父だった。
「慶……お前まだピアノが」
そこに、待ちくたびれたかの様な声が遮った。
「おじ様。もう俺が出てもよろしいですか」
声の主に気付いたのか、慶太郎はピクリと反応した。
「お前、光邦、なんで!?」
慶太郎の目の前に、まさに立っているのは、一年前に留学したはずの北見光邦だった。
「やぁ、慶太郎……随分とがったね。いろんな意味で」
慶太郎はそれは俺の頭を指しているのか? と考えたが光邦だって今の慶太郎が最も会いたくない人物だ。
二人はライバルだった。ちょうど一年前に光邦が留学するまでは。