アンダンテ
疲れ果てて、顔を上げるとそこは昔光邦とよく来た楽器専門店「アンダンテ」だった。
今はとっくに閉店していて、中は暗い。
「……」
慶太郎は店のドアを押した。開く筈のないドアがきしんだ音を立てて開いた。
そこは、昔とちっとも変わらない、「アンダンテ」だった。素朴ながらも少し品のある店内の端の、本棚に手を伸ばす。閉店の際に売り切れなかった楽譜があった。
慶太郎は迷わず一冊を手にとる。「ジムノペディ」。すると突然眩しい光が目をさした。ベンツ。光邦の車だ。
「慶太郎」
店の外に立っているだけの光邦を手招きすると、少し躊躇ってドアに手をかけた。運転士らしき男が止めに入ろうとしたが、光邦は片手で制して入って来た。
「探したよ」
「……ごめん」
光邦は暫く店内を眺めると幼い頃によく見せた優しい笑みを溢した。
「懐かしいな」
慶太郎もつられて笑顔を返す。いつもそうだ。光邦の笑顔はこちらも微笑みたくなる程、優しくて暖かい。
「ごめん」
急に光邦が切ない顔をした。慶太郎はわけが分からずに只次の言葉を待った。
「ごめん、置いていって」
違う。そう思ったのに言葉が出ない。あれは俺が弱かっただけだ、と言いたいのに、唇がチャックを閉めたみたいに固い。
「俺、お前から逃げたんだと思う。だんだん迫るお前が怖かった。同時に凄く尊敬したんだ」
「え……?」
まさか親友の口からそんな言葉が出るとは思ってもいなかった慶太郎はかなり間抜けな声を出す。
「そんな、俺だってその、お前が帰って来た時に抜かしてやるとか、そうなれば良かったのに、弱かったから」
弁解する様に言うと光邦は首を横に振った。
「俺、気付いたんだ。詰まんないんだよ。コンクールにお前がいないと詰まらない。俺が、本気になれないんだ」
帰りは光邦のベンツに乗り帰った。光邦は明日から慶太郎が通う高校に編入してくると聞いて慶太郎は驚いて車内で大声をあげた。
一人の少年は路地裏から舞台へ駆け登って行く。
今はとっくに閉店していて、中は暗い。
「……」
慶太郎は店のドアを押した。開く筈のないドアがきしんだ音を立てて開いた。
そこは、昔とちっとも変わらない、「アンダンテ」だった。素朴ながらも少し品のある店内の端の、本棚に手を伸ばす。閉店の際に売り切れなかった楽譜があった。
慶太郎は迷わず一冊を手にとる。「ジムノペディ」。すると突然眩しい光が目をさした。ベンツ。光邦の車だ。
「慶太郎」
店の外に立っているだけの光邦を手招きすると、少し躊躇ってドアに手をかけた。運転士らしき男が止めに入ろうとしたが、光邦は片手で制して入って来た。
「探したよ」
「……ごめん」
光邦は暫く店内を眺めると幼い頃によく見せた優しい笑みを溢した。
「懐かしいな」
慶太郎もつられて笑顔を返す。いつもそうだ。光邦の笑顔はこちらも微笑みたくなる程、優しくて暖かい。
「ごめん」
急に光邦が切ない顔をした。慶太郎はわけが分からずに只次の言葉を待った。
「ごめん、置いていって」
違う。そう思ったのに言葉が出ない。あれは俺が弱かっただけだ、と言いたいのに、唇がチャックを閉めたみたいに固い。
「俺、お前から逃げたんだと思う。だんだん迫るお前が怖かった。同時に凄く尊敬したんだ」
「え……?」
まさか親友の口からそんな言葉が出るとは思ってもいなかった慶太郎はかなり間抜けな声を出す。
「そんな、俺だってその、お前が帰って来た時に抜かしてやるとか、そうなれば良かったのに、弱かったから」
弁解する様に言うと光邦は首を横に振った。
「俺、気付いたんだ。詰まんないんだよ。コンクールにお前がいないと詰まらない。俺が、本気になれないんだ」
帰りは光邦のベンツに乗り帰った。光邦は明日から慶太郎が通う高校に編入してくると聞いて慶太郎は驚いて車内で大声をあげた。
一人の少年は路地裏から舞台へ駆け登って行く。