霧の向こう側
少女は、ペンダントを小さな手で弄びながら視線を上げた。
 青年の方へ。
「お母さんが泣くよ」
「……妹とかがいる?」
「ううん。でも、妹と弟が欲しいなあ……そしたら、もっとお母さん、かなの側にいてくれるもん!」
「……そっか……」
 青年は少し寂しそうに微笑んで立ち上がると、ブランコに腰をかけた。少女は、再びブランコの柵に腰をおろす。もっとも、さきほど座っていた向きとは逆だった。丁度、ブランコに座った青年と向かい合う様に座ったのだ。
「でも、妹と弟が出来たら、考えてもいいよ、お兄ちゃん。かなに出来る事だったら何でもしてあげる」
 少女は片足づつ地に足を降ろすと、笑顔を浮かべたまま、ブランコに座り続ける青年の側まで歩いて行った。
「……お兄ちゃんの事、大好きだから……お兄ちゃんの願いを、かなが叶えて上げる!」
「……本当?」
「うん!本当だよ」
「本当に本当?かなちゃん」
 念を押したその青年の瞳に妙な光が再び宿ったのを少女は見つけた。しかし、少女はそれに怯えながら“見ないふり”をした。
「……う、うん!でも、これだけはお約束よ、お兄ちゃん」
 青年は子供の様に嬉しそうな表情で首を少し傾げてみせる。
「お母さん達を泣かせる様なお願いはしないでね」
< 10 / 14 >

この作品をシェア

pagetop