霧の向こう側
エピローグ
“コツン”
 足に何かが当たった。まだ朝が早くて、外の空気もひんやりと冷たく、地面もしっとりと濡れている。
 その場所は公園だった。
歩いているのはあの占星術をしている老人だった。
 老人は屈むと足に当たった物を拾い上げた。
 それは、学校が指定している通学用の革靴だった。
 老人はそれに見覚えがあった。
 腰を屈めて拾ったそれは、霧の残り香が漂う中、表面に細かい水滴を散りばめていた。
 向こうのベンチには学生鞄が無造作に置かれている。
 老人は、靴を持ったまま忘れられた様に置いてあるその鞄の方へ歩み寄ろうとした時、手元の靴とベンチに置いてある鞄がフイッと消えた。
 老人の行動がそのままピタリと止まる。
「……私は、一体何をしようとしたのだろうか」
 何か忘れている様な気がした。
 何かが曖昧になった様に思う。
 そして、手元をじっと見た。
『何かを持っていなかったか?』
 手の感覚が僅かにそう呟き、それすらも曖昧な記憶の底へ消えていった。
 手掛かりを求めて辺りを見渡すが、いつもと変わりない公園の当たり前の朝の風景が瞳に映るだけだった。
 スイッと空を見上げた。
 そこには朝になりかけの明るい太陽があり、その強すぎる光のお陰でその姿を消しつつある一つの星のきらめきがあった。
「……星が落ちる」
 老人は一言それだけ呟くと、その公園を後にした。
 何処かで笑い声が谺する。
 自分の欲しい物を手に入れた満足した笑い声だ。
 その声に公園全体が一度、身震いした様に見える。
 それはその老人の気の迷いだったかもしれない。
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