眠りの森

　わたしは首を振った。ザインさんのお誘いはありがたい。だけど、おじいちゃんが死んで、わたしを拾ってくれたのはリンナさんだから。
　料理も掃除も洗濯もできないリンナさんだけど。わたしはずっとリンナさんと一緒にいようと思う。
「ありがとうございます。」
　もう一回頭を下げると、今度こそわたしはザインさんのお店を出る。ザインさんのお店がある場所は不気味なのでわたしは急いで通りに戻った。昼でもどんよりと薄暗くて不気味なのだ。
　通りに戻ると、その眩しさに私は目を細める。少し立ち止っているとなれたので、わたしは森に向かった。早く帰ろう。
　と。
「きゃ！」
　何かにぶつかられて、わたしは転んでしまった。勢いで放り投げてしまった赤いバッグを急いで抱きしめる。
「ごめん！大丈夫！？」
　手が差し伸べられた。真っ白な肌。細い指。
　わたしは見上げる。すると、目が合ってしまった。
　ライトグリーンの瞳。わたしの瞳の緑とは違い、薄く透き通っている。その瞳とは不釣合いなほどに真っ赤な髪。燃え立つ炎のように。
　そして何よりも。美しい少女だった。彼女の瞳がもしも青色で、彼女の髪がもしも金色なら絵本に出てくる天使そのものだろう。
「ごめんね。」
　わたしは彼女に抱き起こされた。わたしよりも少し、背が高い。
「急いでいて。ケガ、しなかった？」
「うん。」
　わたしは頷く。すると少女は本当に嬉しそうに微笑んだ。なんて綺麗に笑うんだろう。
「よかった。」
　少女の笑顔に、わたしも一緒に微笑んでしまう。
「あ――！」
　と、急に少女の顔がこわばる。少女の目線の先には、大男が２人、辺りを見渡していた。
「こっち。」
　わたしは少女の手を引っ張った。急に、逃げなければいけない、と思った。
　少女の手を引っ張ったままでわたしは森へ向かう。あそこなら誰も入れない。それに、わたしと一緒ならこの少女も大丈夫。
　今まで体験したこともないくらいたくさん、わたしは走った。一心不乱に。少女に振り返ることもなく。
　森に入ってもわたしは走り続ける。奥の方まで走ると、わたしは少女の手を離して止まった。
　心臓が大きく脈打っている。胸が締め付けられる。わたしは壊れた笛のように、かすれた息を出していた。
「ありがとう。」