迷子のコイ
「・・・なんで・・・」


イヤな緊張感で、背中が汗をかいていた。


「・・・ゴメン、遅くなって。
 待っただろ?」


ゆっくりと近づいてくる彼の目に
よどんだ影が浮かんでいる。


「・・・なんでここにいるの?」


「・・・早坂、座れば?」


私の言うことなんて聞こえてないみたいに
カレが言った。


「・・・いま、佐伯くんが来るから・・・」


あたしは時計をチラッと見た。

8時15分。

でもまだ、佐伯くんの姿は見えない。



「大丈夫だよ。
 佐伯にはうまく言っておくから」




――――――――恐怖心をおぼえた。
カレの笑顔が、優しくなればなるほどに。




「でもっやっぱり
 佐伯くんに怒られると困るから!」


あたしは懸命に虚勢をはった。
いまはただ、佐伯くんが来てくれる事、
ただそれだけを願っていた。


「・・・聞いてなかった?」


「え・・・」


「さっき、オレが言ったこと」


( ・・・言ったこと・・・?)


「オレ、さっき言ったよね。
 『待った?』って」


「まさか・・・・・」


頭のなかが、まっしろになった。









 





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