迷子のコイ
その日の夜、激しい雨が降り出した。

昼間、あんなに晴れていたと思えないくらいに。



「・・・・・まだ、いたの?」


メゾソプラノの、よくとおる声。
暗がりの雨のなか
振り向くと、憎しみに満ちた目で
その人は あたしを見据えた。


黒い髪、切れ長の瞳。
どこをとってもその人は
あたしが傷つけてしまった、『あの人』にソックリだ。


カケルの・・・・お母さん。



「・・・こんな雨の日に傘もささないで・・・
 同情でもされようっていうの?」


吐き捨てるように、あたしに言う。


「毎日毎日・・・中庭からこっちを見て・・・!
 お願いだからもう来ないでちょうだい!
 窓からあなたの姿を見ると、ゾッとするわ!
 ・・・いいわね!」


クルリと翻し、中庭を出て行こうとするその人に


「・・・・・お願いします」


あたしは深く深く頭を下げ、土下座した。


水を大量に吸った芝生はぬかるみ
あたしの体を土に沈める。


それでも頭を深く深く下げ、
カケルのお母さんに、あたしは頼んだ。



「お願いです・・・お願いですから
 1度だけ・・・カケルくんに会わせてください!」


あの事故から、あたしは1度も
カケルに会ってはいなかった。


カケルの顔が見たかった。
カケルに、謝りたかった。
カケルの声が、聞きたかった―――――――。







 
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