迷子のコイ
「・・・・・・ッ・・・」


額に汗をたくさんかき、
カレは何かを呟いた。


熱のせいで、うなされている。


あたしはカレの汗をぬぐおうと
かばんからハンカチを取り出し
カレのカオへと手を伸ばす。


「・・・アイ・・・リ・・・」


汗をふこうとした直前に
熱にうなされながら
カレの唇があたしを呼んだ。


苗字ではなく、下の名を・・・。


カレの汗をぬぐうことも忘れ
しばし呆然としていたあたしの目の前で
ぼんやりと
カレの瞳があたしを捕らえた。



「・・・アイリ・・・?」


うつろな表情で
カレはもう1度あたしの名前を呼んだ。

驚いたあたしは
あわてて立ち上がり
カケルの部屋から飛びだした。





―――それからどうやって帰ってきたのか。


あのマンションから
ずっと走って帰ってきたあたしは
息苦しさに気づいて
走るのをやめた。

走るのをやめ
周りを見渡すと
そこはもう、見慣れた家のまえだった。


あたしは顔のホテリを冷まそうと
星の瞬く、空を見上げた。

見上げた空には白い三日月。

その月は
灰色がかった細長い雲に
ちょうど隠れるところだった。



< 167 / 203 >

この作品をシェア

pagetop