嘘恋
円形の食卓。大工の両隣が空いていた。

「おじゃましまーす」

沙織は大工の左側に座る。

「今日、さおちゃん発表だったって?」

「おかげ様でー!セーフです」

賑やかな食卓。

すき焼きの匂いが、何も食べていなかった沙織の胃に染みる。

「美味しそう〜あたしなんも食べてなくて」

「お菓子くうたやろが」

千恵は 沙織にも生卵をもってきた。

そして すき焼きに 全神経を 取られていた 沙織は、生卵の殻をやぶり お箸で 黄身を混ぜながら
右腕が隣の大工にぶつかり

「ごめ…」

んなさい。

全ての言葉を 言い切れなかった。

それは 大工 の 彼も 同じだった。

「だい…」

じょうぶだよ。

二人は お互いの 顔を見合わせた。

こんな 偶然が 存在するのか。

さっき

つい 数時間前に 二度と合わない 「またね。バイバイ」と サヨナラを交わした。


今 沙織の右側には、浅野朋久が いた。

食事どころでは なくなってしまった…

またもや 食事のタイミングを逃す沙織。

まるで 厄日みたいに ついていない気持ちになる。

下手に この場の空気を 壊すことも こわい。

沙織は 自然に振る舞って 食事をする。

様子がおかしいことに 千恵は気づいていたが 理由まではわからなかった。

いや わかるほうが 有り得ない。

こんな 偶然…。

『千葉の現場なんだ』

朋久の現場は、 千恵のうちだった。

もちろん 動揺しているのは 沙織だけではない。

千恵の父親に 相当気に入られた様で、ビールやら日本酒やらを たらふく 進められて

本当ならば 酔い潰れてしまう量を越しているのに まるで正常を保っているかのような朋久。

「朋久くんよお、うちに婿こいよ、アハハ。なかなか美人だろう。まあ、隣にもっと美人がいるからなぁ、今日は。アハハ」
ご機嫌の千恵の父親。

「あ。でもお母ちゃんが一番だけどな」

「おやじ飲み過ぎだな…」

「お父さん、明日できなくなるわよ」

千恵の母親が 大工仕事のことを言うと

< 10 / 74 >

この作品をシェア

pagetop