嘘恋
「大丈夫です、ありがとう、ございました…」

少し、頭が痛かった。

頭を直接打ったわけではなかったが、尻餅をついたときに、痛みが頭まで届いていた。

「痛い?大丈夫?」

沙織は、さらに あることに気づいた。

目の前がぼやけている。
どうやら コンタクトが 倒れたはずみで外れたらしい。

「どぅしょう……」

「どうしたの?立てない?」

目のまえの、ぼやけた人。

声や話し方から 若い男の人だとはわかった。

うっすらと、姿が見える。

背は高くて、少し痩せているかんじ。

「コンタクトが、外れてしまったみたいで…」

「まぢで?参ったな…」

彼は、沙織の手を引っ張ると先程のベンチに座らせた。

「ちょっと待ってて。探してくるから」

「あ、大丈夫です。片方だけだし。少ししたら慣れるし…」

「まあ、いいや。一回見てくるから」

そういうと、その男は、沙織が倒れた辺りにもどり、コンタクトの片側を見つけに行った。

15分くらいだろうか。

「あったよ!!!スゲェ」

男は嬉しそうに、戻ってきた。

沙織に、コンタクトを渡すと また 立ち上がり 今度は一番近い自販機で ミネラルウォーターと飲み物を買ってきて、沙織に渡す。

「水じゃだめなんだろうけど…」

コンタクトを洗うための精製水まではさすがに持ち歩いていなかった。

沙織はミネラルウォーターで汚れを落として、コンタクト用の目薬を少し刺して、左目を パチパチさせた。

しばらくすると、視界が元通りになってきた。

男は、沙織の顔を下から覗き込んでいた。

沙織も男の顔に気づいた。

「…大丈夫?…」

くっきり、男は顔が見えた。

心配そうな、表情で沙織を見つめる顔は、日焼けをしているのか、季節外れにこんがりしていた。
「ありがとうございました…大丈夫みたいです…」

「…っあー。よかった………」

男は、タバコを取り出すと、ホッとしたように、深く一息吸い込んだ。

缶コーヒーを飲みながら。
「飲めば?」

先程、ミネラルウォーターと一緒に渡された、缶コーヒーを指した。

「ありがとう、いただきます」

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