嘘恋
「もしもし」

『いまどこ?』

「まだ東京」

『買い物?』

「うん、止めた。着いたら電話するよ」

『わかった。あったら話すけど、おめでと』

「うん。移動してるからかけ直す…」

沙織も、嘘をついた。

そして。

トモヒサと視線が合う。
「浅野さんと一緒みたいな、感じだよ。ね。最低でしょ…」

トモヒサはポケットから名刺をだした。

胸ポケットからボールペンを取り出すと、名刺の裏に携帯電話番号を書いた。

「で、ゴメン。質問は?」
トモヒサは沙織に、名刺を渡しながら、

「解決した。だけどせっかく出会えたのもの縁でしょ」

【縁】 なんて 都合のよい言葉だろうか

「まぢで、ここで帰る?」
沙織は駅を見ながら

「はい!大丈夫、ありがとうございました」

と 答えた。

トモヒサも、それ以上は引き止めなかった。

「わかった。じゃあ、また…」

また…。

の 次は どんな言葉が続くのだろうかと、トモヒサの後ろ姿を見送った。
沙織は見知らぬ駅から 家の方角へむかい ホームに立っていた。

手に握った 名刺。


浅野 朋久。

肩書には2級建築士 と書いてある。

住所は あの大学の近くのようだった。

そして、裏側に 携帯電話番号が 書かれていた。

沙織は、名刺を手帳に挟む。

きっと もう 会うこともないだろうなと、思っていた。


きっと 悪い人じゃないとおもうけど。

モテそうだし、遊んでそうだし、こんなふうに 名刺配ってるんだろうな。

今日の出来事は 長い人生では ちょっとした アクシデントだった と 思うことにした。


路線を携帯でチエックして マツくんに メールを入れる。

【今日、遅くなるから日にちずらして?】

多分 このまま 帰れば あと1時間もしないうちに 帰宅なのだが…

今日は、マツくんには 申し訳ないけれど、疲れてしまった。

【わかったよ、また次ね!】

マツくんからは すぐに返事が来たが 沙織は 返信すら しないで

いつもと違う 見慣れない景色を眺めていた。

まだ偶然が続くとも知らずに…。

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