恋文~指輪が紡ぐ物語~

 そう、あの時。
 松岡が見せた表情。
 時折見せる、辛そうな哀しそうな表情。

 母親が夜遅くひとりで、指輪を見ている時の表情と重なる。


 ずっと気になっていた。
 どこかで見たことがあると。

 やっと気付いた。

 あの哀しそうな瞳は大切な人を失った人の瞳だ。


 無意識のうちに花乃は首から下げた指輪を触っていた。

 ハッとした瞬間、指輪がチェーンから外れ転がり落ちた。


――カツン、コロコロコロ


 音のない空間に落ちた音は予想以上に大きく響いた。

 そして、指輪は母の足元で転がるのをやめた。

 母はハッと顔をあげ、花乃のいるキッチンの入り口を向いた。
 そして、足下に転がった指輪を拾い上げる。
 なぜかその動きが花乃にはとてもゆっくり映った。




< 46 / 81 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop