恋文~指輪が紡ぐ物語~
「お母さん。こうすけくんの名字はなんていうの?」
母は少し考え込んだ後に、覚えてないと言った。
それも、そうだろう。子供の名字など呼ぶことなんてなかったのだから。彼の両親や、保護者にも花乃は会ったことがない。
父方の祖母になるのだから、母がよく知らないのも仕方ない。
「じゃあ、歳はわかる?」
「花乃のひとつ上よ」
この質問には即答だった。その理由に、花乃は赤くなってしまう。
「こうすけくんが、小学校に上がる年のお正月、大変だったのよ。こうすけくんが新品のランドセルを花乃に見せたくて持ってきたの。そしたら、花乃ったら、花乃もランドセルほしい~って駄々こねて」
恥ずかしくて、赤くなっていた花乃だったが、これで確信が持てた。
彼は、松岡は、こうすけくんだ。
嬉しいことなのに、素直に喜べないのは、彼を傷つけてしまったから。
ずっとずっと、花乃の指輪を大切に持っていてくれたのに。花乃のことを忘れずにいてくれたのに。
まったく、心当たりがないという態度をとっていた。
もし、花乃が逆の立場だったら立ち直れない。
「花乃?どうかした?」
母の問いに、首を横に振る。
立ち上がった母は、花乃の前に来ると、指輪を手渡して花乃の肩に両手をかけて顔を覗き込んだ。
「今の正直な気持ちは大切にしなさい。これから先の後悔は、やることをやってから。そうじゃなきゃ、もっともっと苦しくなるから。お母さんは、もうやりたいことがあってもできないもの」
その言葉に、ハッと顔を上げた花乃に、母はにっこりとほほ笑んで、おやすみと言うとキッチンを出ていった。
まだ、迷いはあるけれど、まずは松岡に会って精一杯謝ろう、そう決意して花乃は部屋に戻った。