君と、○○のない物語
家に帰るという公鳥と道を別れた後、家に向かう朔太郎の後ろをつかず離れず猫がついてきていた。
そろそろ町の人々が外に出てきてもおかしくない時間帯なので猫と会話している様はあまり見られないようにしたい。が、そんな朔太郎の思いとは裏腹に猫は平然と語り掛けてきた。
…ご近所さんに見られませんように。
「お前は大月のところのガキだったか?あの家にはお前と婆さんしかいないようだが、両親はどうしたんだ?」
…猫の情報網恐るべし。
「俺、両親いないよ。結構昔に交通事故で亡くなってるから。」
今から3年ほど前の事であり、実際に見たわけではないのであやふやなのだが、雪の降る日に市外へ行った際、交差点でスリップ事故を起こしたらしい。
「…そうか、夏樹とそれなりに接点があるようだな。」
「え、なんか言った?」
「気にするな。一人言だ。」
「…(一匹事じゃないのか)…そういや猫、名前は?」
公鳥もずっと『猫』と呼んでいたのだが、まさかそれが名前だと言うのか。
だとしたらぞんざいすぎる。
「俺は生まれてこの方ずっと野良だ。今更名前などいらん。」
「他の猫との区別つかないじゃん…」
「お前こそ何という名だ。」
「大月朔太郎…長いから朔でいいよ。…つーか俺、公鳥に名前言わなかった気がするけど、あいつ分かってんのかな…。」
「順番のおかしい奴等だな。」
猫は憎たらしく笑って(猫って笑顔出来るのか)、誰かの家の垣根の向こうに消えた。
せっかく喋る猫というファンシーな立場なのに、それを無下にするような無駄に渋い口調だった。