君と、○○のない物語
「朔お前、公鳥と仲いいのか!?」
廊下に出されて、男子達は少し驚いた様子で捲し立ててきた。
驚きたいのは朔太郎の方だが。
「良いってか…こっちに来て最初に会ったの公鳥だから…。」
「ちゃんと会話成り立つ?!途中で逃げたりしない?!」
「…今のところは…」
男子達はおおーっという低く控え目な歓声を上げた。
…実際はあまり会話になっていないけど。
「公鳥、元々仲良かったんだけど…色々…な。話しづらくなってたんだけど、朔は大丈夫なんだな。良かった良かった。朔、公鳥と打ち解けてさ、あいつに学校来るように言ってくれよ。」
色々?
気になった単語が一つあって、朔太郎は聞き返えそうとしたが同時にチャイムが鳴ってしまった。
時間には正確な担任が既に教室に現れており、教室に入るよう促してくる。
男子は『テスト終わってからな』と言って、宙ぶらりんでその会話は終わってしまった。
だがテスト中にどうしても公鳥が気になって、朔太郎は(決してカンニングではないが)時折前の座席を眺めた。
公鳥は淡々と問題を進めていて、もしかしたら普通に授業を受けている奴等よりスムーズかもしれない。
ただ、回答を書く左手は何故か奮えているように見えた。
(…左利き、なのな…)
あいつも左利きだったな、と朔太郎はふいに思い出して、回答を書き込むシャープペンを止めた。
以前住んでいたあの町を離れてからもう1ヶ月近くなる。
自分とあの人が去ったあの町は、今どうなっているだろうか。
(…春海。)
今、何処で何をしているのだろうか。