君と、○○のない物語
「あ、夏樹ん家これだよ。」
学校からおよそ15分、茅原が指し示したのは白い壁に瓦屋根の、年期は入っていながらもしっかりとした家だった。
朔太郎の家も縁側が囲っていて常に雨戸全開の吹き抜け状態だが、公鳥宅は公鳥宅で縁側のある部屋の窓を開けていたら中と外の境界がなくなりそうだ。
茅原が何度かインターホンを押すが誰も出てこない。
ひっそりと静まり返っていて、どうも留守のようだった。
「夏樹ん家、確かご両親仕事忙しいからほとんど不在らしいのよね…夏樹もまだ帰ってないのかな。」
「…あ。」
公鳥が行きそうな場所は何処か。
考えたら真っ先に猫が思い浮かんで、『よく向こうの空き地におるわ』と言っていたのを思い出す。
それ以外に思い当たる場所なんかひとつもなかった。
◆◇◆◇◆
「…夏樹、それは一人でやっていて楽しいものなのか?」
「んな訳ないよ。」
公鳥はいつも通り、猫のいる空き地に入り込んで一人でバスケの練習をしていた。
一人ではバスケと言えるのかどうかも微妙なところだが、他にやる場所も相手もいないので仕方がない。
「…ないより、マシだから…。」
ラインもゴールもないこの土の上、出来ることは数少なく、シュートなんてフリすら出来ない。
出来ることなら学校で、部活に戻ってチームでやりたい。試合をしたい。
けれどこうなった公鳥が試合で出来ること、役割など、既に無に近く、望まれてもいなかった。
「…ところで夏樹、今日は学校に行ったようだが何かあったのか?」
「テストだっただけだよ。テスト受けないと進級させないって言われるから。」
「人間は面倒な事するんだな。勉学を通さないと器を図れないのか」
「…俺はそれでも良かったんだけどね」
公鳥はドリブルしながら一息ついた。
勉強や運動は公鳥にとって何の問題でもなかった。
けれど、今となっては、全く出来ないこともないがいちいち億劫なものだ。