君と、○○のない物語
「―…夏樹っ!」
人通りの殆どない場所だというのに、突然聞き慣れた声が公鳥を呼んだ。
公鳥は少し驚いて、そちらを振り向く。
「…茅原?」
「俺もいますけどー?」
振り返ってみると茅原と朔太郎が道路の向こうから公鳥の方へ走ってくるのが見えた。
それを見た猫は『じゃあな』と言って、茂みの奥へ消える。
「…何?」
「プリント届けに…。あんまりいらないかもだけど。」
「そう」
「…夏樹、バスケ続けてたんだ…。」
「悪いかよ。」
「そうじゃないよ…良かったなーと思って。」
茅原はプリントの束を公鳥に手渡して、口を尖らせた。
「…茅原さん、良かったって何。」
空気は敢えて読まず、朔太郎は二人の会話に割り込んだ。
何処かで口を挟まなければ存在ごと無視されそうな雰囲気だった。
「それはー…その」
「俺帰るよ。」
「え」
公鳥は二人の制止も聞かず、ボールを抱えて逃げるように帰ってしまった。
朔太郎は追いかけようとしたが、異様に公鳥は足が速くて、最初の曲がり角であっさり見失った。