君と、○○のない物語
妹か何かか?何故此方を見ている?

『―…にを………の…』

「え?」

女の子が呟いたのを、朔太郎は殆ど聞き取れなかった。

ただ、分かったのはやっぱり声まで茅原そっくりだという事だけだ。

女の子は先程の金魚と同じ様に泡のように姿を消した。

朔太郎が見回して見ると、今度は朔の後ろにいて、何処かへ走って行く。

地を蹴るたびに、何故か水面で石を弾かせたように波紋が広がる。

「……っ、待って!茅原さん!」

どう考えても有り得ない状況だ。

いつもだって非常識な町だが、少なくとも今まで人間は普通だった。

どうして、よりによって茅原が此処にいるのか、追い掛けて、聞きたい、聞かなきゃ―…

「待って」

「ぐえっふ!!」

走り出そうとしていた朔太郎の襟首を何かが掴んで引き留めた。

朔太郎は噎せながら、その人物を振り返って睨もうとした。

―…が、思考は停止する。


「追い掛けないほうがいい。引き込まれると面倒だから。」


茶色の、肩に掛かる髪。
長い睫毛、焦げ茶の瞳。

「…久し振り、朔。」


「………春海…?」



両親が亡くなったのは今から三年前だ。

他に身寄りがなかった朔太郎は祖母のいるこの町に来る事になっていたのだが、会ったこともない祖母に見たこともない町に、また、長年住み続けた町を出る事が嫌で嫌で仕方無かった。

その時に、朔太郎に手を差し出したのが、緑川春海その人だった。

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