君と、○○のない物語
「あの親戚達は、お前がまだ子供で可哀想な身の上だから、きっと優しーく接するんだ。そうしたら“優しい人”でいられるからな。自分が安心出来るんだ。」
「…あんたは違うって?」
「お前そんなにガキじゃないでしょ?」
朔太郎は首を縦に振った。
自分で言うのもなんだが、周りから世話を焼かれても大きなお世話の場合が多い。
この人は、一日でそれに気付いたのだろうか?
「…そろそろ戻る時間だ。行こ?」
朔太郎は、そう言って手招きしたその人の後を、慌てて追いかけた。
「…ねえ、名前…」
「緑川春海。偽名!」
「は?」
◆◇◆◇◆
翌日、朔太郎は再び公鳥宅の前にいた。
絶対に公鳥から話を聞かないといけない訳ではないのだが、気になるものは気になるんだから仕方ない。
昨夜の出来事を公鳥は知っているのか、そもそも公鳥に何があったのか、知る権利がないなんて事はない、と思う。
…あの幼い茅原は『夏樹には内緒』と言っていたが、まあそれは茅原の事だけ伏せておけばいいだろう。
インターホンを鳴らして公鳥が出てくるのを待つ。
何秒かして、公鳥は億劫そうに扉を開けた。
「…はい」
「迷惑そうに出てくれるなあ…もうちょっと愛想よく出来ないの公鳥。」
「精一杯だよ。何?」
「話聞きたくて来たんだよ。この間だってそうだったし。」
「…じゃあ入れば」
思いの外あっさりと、公鳥は朔太郎を家の中に通した。
絶対にもっと突っぱねられると思っていた朔太郎は拍子抜けになる。
基本的にはいい奴なのか、本当に分かりづらい。
通されたのは玄関先からも見えた、大きい窓のある部屋だった。
居間であるらしく、今度は窓が開いていて涼やかな風が入ってくる。
「…公鳥ん家、親仕事でいないんだっけ?茅原さんから聞いたけど。」
「父親は日付変わる頃に帰ってくるよ。」
「…母親は?」
「入院してる。」
初耳過ぎた。
茅原は両親が仕事でいないと言っていたはずだ。