君と、○○のない物語
◆◇◆◇◆
病院の匂いが嫌いだ。鼻が変な感じになる。
同意してくれる人はなかなかいないが、まあダメなんだから仕方ない。
検査を一通り終えて、朔太郎は受付に向かって病院内を歩いていた。
途中、入院中によく通り掛かった通路があったりして、ついその時を思い返してしまう。
目を覚ました時、このまま眠ったままでいたかったと、一生目覚めないのがよかったと、後悔したり悔しく思ったりしていた。
そうしたらこんな現実しらなくてよかったのに、目覚めたばかりに春海に酷いことをしてしまったと知ってしまった。
―…最悪だな、と自嘲が漏れた。
「―…大月君、大月君!」
誰かが早足で近付いてくる音と共に、朔太郎を呼ぶ声が通路に響いた。
振り返ってみれば担当医が小走りでやって来る。
「よかった追い付いた。忘れ物だよ。」
担当医が差し出してきたそれは、朔太郎の鞄のポケットに入っていた筈の切符だった。
帰りの分も先に買っておいたのだが、おそらく診察室で何かを出したときに落ちてしまったのだろう。
「あー…すいません…。」
「いやいや。そういえば大月君、公鳥夏樹君って知ってる?」
「?はい。まあ…」
「切符の行き先見て、もしかしてって思ってね。彼も此処に入院していたんだ。」
「はあ…あの、公鳥って母親も入院してるって聞いたんですけど」
「ああ…私は外科だから詳しくないけれど、なかなか大変らしいよ。自分のしたことを分かっていないんだ。公鳥君も入院中に会おうとしなかったし、まあ会える状態じゃなかったけど…。」
外科だから、という事は入院先は内科あたりなのだろうか。
「あいつは何で右手動かなくなったんですか?」
「聞いてない?まあ…事故なんだ。1ヶ月意識が戻らなくなるくらいでね―…」
そこまで言い掛けて、担当医の携帯が鳴った。
なにやら急な呼び出しのようで、緊迫した様子で応対して電話を切る。
「悪いね大月君、次の検診の時また連絡するから!」
「あ…はあ…。」
大変なのはなんとなく分かるが、仮にも医者が病院で叫んでいいのだろうか。
担当医は足早に通路を過ぎ去り、いなくなった。