君と、○○のない物語
二人は病院の外に出て、互いに無言のまま帰りの電車に乗り込んだ。
その電車はやたらと空いていて、特に二人の乗り込んだ車両は全くの無人である。
そんなガランとした場所に来て、それを待っていたかの様にようやく彼は口を開く。
「矛盾してるって考えた事、今までなかった?」
「…ていうか…先に聞きたいんだけど、なんで俺が考えてることわかったの。」
「世の中には空飛ぶ金魚とか喋る猫とかがいたり、それが見える人間がいたりするんだから、人の考えることが分かる奴がいてもおかしくないと思わない?」
なんでそんなことまで知っているのかと聞きたい。
―…が、どうせきっと同じような答えが帰ってくるだろうから聞かないことにした。
「君の身の回りで非常識な事が起こるようになったのは、いつから?」
「…引っ越してから?」
「違うね。もっと前だよ。君が見ている世界が挿し変わる、絶好のタイミングがあったでしょ。」
ボックスシートに向い合わせで座り、彼は分かりきったような表情でいる。
正面からその顔を見て、ほんの少し、誰かに似ていると感じた。
「俺が見てる世界って―…」
「君がずっと見てきた世界が非常識になったんじゃないってことだよ。そして君は、好奇心から様々な現象の理由を知りたいと思った。その好奇心は何故沸いたの」
「…好奇心に理由がいる?」
「元からそういう性格なのかもしれないけど、“知りたい”と思うには何かしらのきっかけや動機がある筈だよ。君にそれがあった?」
何故、金魚が空を泳ぎ、何故喋る猫がいるのか、知りたいと思った。
別に知ったらどうなるかなんて考えてもいないし、どうでもいい。
けれど、確かに朔太郎の場合には“知りたい”気持ちには大抵きっかけがある。
だというのに今回は、金魚や猫を見て、それだけで“知りたい”と思った。
「これはまあ、確かに動機もなく知りたがる人間もいるだろうけどね。君はそうじゃない。―…これらの出来事、都合が良すぎると思わない?」
「都合って…別に俺にとって都合がいいことは…。」
「なら、君以外なら?」
自分以外の誰かが都合のいいように作り上げた世界に、自分が存在しているとしたら?