君と、○○のない物語
「そういう事だよ。」
「…っ、なんであんたはっ俺にそんな事を急に!」
「詳しいことは教えられない。というか、いくら詳しく教えたって、君が自ずから気付かなきゃ意味がないんだ。考えて。そして気付いて。君は、此処にいるべきじゃない。」
「あんた誰?」
「内緒。」
彼は座席から立つ。
ほぼ同時に電車が急に揺れて、彼につられて立ち上がろうとしていた朔太郎はバランスを崩して窓に頭をぶつけた。
痛くて頭を抱えていたら、車内のアナウンスが終着駅の到着を告げてドアが開く音が鳴る。
此処まで13駅もあるのだからこんなに早く到着する筈もないし、第一、途中駅で停車した覚えはない。
車両にはずっと二人しかいなかったことも、夕方のこの時間としては有り得ない。
「痛っ…。なんで―…」
問おうとした視線の先にも、見渡した車内にも、慌てて降りたこじんまりとした駅のホームにも、彼の姿を見つけることは出来なかった。
電車を降りて、ホームの時計を見上げれば夕方5時46分。
到着予定時刻ぴったりだった。
―君は、此処にいるべきじゃない―
此処がなんだと言うのだろう。
此処、此処は何処だ?
町は電灯の灯りが点され始め、夕暮れ色に染まり始めている。
朔太郎はバスに乗り込んで頭を抱えた。
あの日、こうやってバスに乗ってこの町に来て、次の日に空を泳ぐ金魚を見た。
だから変化はこの町に来てからだと考えていたのに、彼はそれを否定する。