君と、○○のない物語
目や頭でもおかしくなったのかと、朔は目をしばたかせて頭を振った。
今更何も起きやしないのだが、あんな光景は当たり前に存在するものではないし
信じられない。
そりゃあ挙動不審にならざるを得ない。
「―…大月、くん?」
「え、」
無音であった中で急に声がかかり、ドキリとして振り返る。
振り返った次が驚きだった。
そこにいたのは、病院で会った、茅原要だったのだ。
「茅原さん…なんで此処に…」
「だって此処うちの近所…大月くんこそ何でこんなとこいるの。」
「俺、引っ越してきたんだ。この町、祖母が住んでて。」
自分に身寄りがないことなどを大まかに説明すると、茅原は何故か申し訳なさそうにした。
それにしても茅原はさっきの金魚に気付いていないのだろうか。
まさかそんなものが見えるのは自分だけ、或いはやっぱり幻覚か?
「…じゃあ、同じ学校になるんだね。」
「そ、だね。よろしくね。」
「同じクラスだといいね。」
あ、まただ。
「…あの、何でそんなに俺の事知ってるの?前もそうだったけど、名前とか歳とか、教えてないのに。」
茅原は『あ、しまった』と言わんばかりに慌ててみせた。
どうも彼女はよくわからないアクションが多い。
「たまたま気になっただけじゃ、そんなに知ってるはずないと思うんだけど…」
「あー…と…」
朔太郎は本気で、春海の事を忘れて過ごしていこうと決めていた。
だから絶対にその名前を口にしないでいようと思っていたのに。
先手を打たれてしまったのだ。
「ごめんね、たまたまなんて嘘で、…私、春海くん知ってるの。」