君と、○○のない物語
春海はこの町の出身で、町の人間が彼を知っているなんておかしくない事だ。
そもそも忘れて過ごす、なんて無理に近かったのか。
「春海くんは私の兄の友達で…親友だったと思うな。兄ちゃん凄く春海さんを信頼してたし、むしろ頼りすぎなくらい。」
将来や進路について、親や教師、周りの人間から相当のプレッシャーを押し付けられていた茅原の兄にとって、春海は救いの存在だったという。
時には守り時にはたしなめ、唯一兄のストレスを取り除ける存在だった。
それが突然家出してしまって兄は衝撃を受けた。
春海以外にわかり合える人はいなかったのだ。
相変わらずのプレッシャーを受け続け、次第に塞ぎ込むようになっていき、茅原は見ていられなかった。
「だから、私まだ小学生だったけどできる限りの事して春海くん探したの。色んな町に行って交番で聞いたりして、なるべく誰にも知られないようにね。バレたら春海くんのご両親が大騒ぎしそうで。…それでやっとあの病院に行ったあの時、偶然に春海くんを見つけた。」
要するに朔太郎が救急車で運び込まれ、春海が朔太郎の回復を待っていた時だ。
「春海くんバツが悪そうにしてたけどちゃんと私と話してくれたよ。一緒に住んでる子が怪我したって。あと兄ちゃんの事心配そうにたくさん聞いてきて…どうしようかって思ったけど、全部教えた。」
「なんて…?」
茅原は悲しげに目を伏せて、うつむいた。
「…ストレスで、自殺しちゃったんだって。」
「―…!」
「だから、ごめんなさい。春海くんが行方不明…私のせいだ。」
そこから二人の間に沈黙が走って、茅原は更にうつむいた。
「…茅原さんが悪い訳ないでしょ」
「え、」
「だって俺が死のうとしたからアイツは責任感じたんだ。…むしろ、春海に本当の事を教えてくれてありがと。俺は誰の事か知らなかったんだけどさ、故郷に心配な奴がいるって、よく言ってたんだ。」
春海にとって嬉しい情報じゃないとしても、知らずに生きていくよりずっといい
だろう。
だが、もしそれが本当に追い討ちとなっていなくなってしまったのだとしたら、春海は何処で何をしているのだろうか。