君と、○○のない物語
「…春海くんなら、戻ってくるんじゃないかって思ったの。」
「え、」
「だって春海くんは言いたい事は言うし思った事は曲げない人だと思うから…。兄ちゃんの事、気にならない筈ないし。」
「そ、っか…なんか、春海の事詳しいね…。」
「んー…、私が兄ちゃんにくっついてばっかだったから、よく会ってたし、見ててそう思っただけなんだけどね?」
「なら、家出の理由とか…知ってる?」
「…ううんと、春海くん、自分の愚痴はあんまり言わなかったから…。けど、うちに劣らずご両親が凄いらしかったからそれだと思うの。春海くん美術の学校に誘われてたんだけど、ご両親が勝手に断っちゃったり。」
そういえば、春海は絵とか美術とかが好きだった。
というか造形全般が好きなんだと思う。
仕事のときに女装してるのもその一貫らしかった。
確かに春海なら勝手に進路を潰されれば怒るだろう。
でも春海の美術好きは趣味程度に見えたし、学校に通おうとしている様子はまるでなかったのだが。
「大月君も教えてもらってなかったんだね。」
「うん…よく考えるとあいつの事全然知らないんだ。本名すら聞いてなかったよ」
「そう、なの?」
「うん。ほんとの名字は知らない。あいつ何てゆうの?」
この際だから聞いてみようと軽く尋ねてみたのだが、茅原の様子は明らかにくぐもっていた。
知らない訳はない筈だが。
「―…本名は…公鳥、春海。だよ。」