君と、○○のない物語

◆◇◆◇◆

公鳥、なんて滅多にない名字で、今までにそんな名字に会ったことはない筈だ。

それなのに何故こんなに引っ掛かるのだろうか。

知っている気がして仕方ない。

最近そればっかりだ。この町も、茅原も、女の子の声も、公鳥の姓も、どう思い返したって記憶にはないのに。


(記憶と思い出がそぐわないんだ。)



前回あの空飛ぶ金魚を見た時は、茅原がなんのリアクションもしなかったから『幻覚かなあ』で片付けられた。

そう思いたかったのもあるし、今日の今日までそんなおかしな現象が嘘だったかのような平坦な毎日だったからだ。

だが、平坦な毎日なんてそのうち崩壊するものだ。

現に今、放課後帰り道の朔太郎の目の前には再び金魚が浮遊しているのだから。


驚くというより、奇妙な気持ちでいる。

前述の通りこのシチュエーションを知っているような気がしてならないからだ。

帰り道この場所で、周りには少なからず通行人もいて、けれど金魚には誰も気付かない。

やっぱり『幻覚かなあ』で片付けたいところなのだが、どう見たって金魚たちはそこで泳いでいるのだ。


金魚たちは次第に姿を眩ませ、この間のように跡形もなく消えてしまった。

あの金魚には何の意味があるんだろう。

ただ泳いでいるだけにしては有り余る存在感である。


「―…大月くん?」

「え、…あ、茅原さん…」

不意打ちなタイミングで茅原が後ろからやってきた。

…ほんとに毎回毎回、良い間合いで入ってくるよなあ、この子は。

「どうしたの?立ち止まってて」

「いや…なんか此処来てからおかしいんだけどね、俺前にも同じようなこと此処でしてた気がして―…」

若干視線を逸らしていたから気のせいかもしれないが、茅原の表情がその時俄に変化した。
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