君と、○○のない物語
「…何で?」
「い、いや…言っても信じてもらえないだろうけどさ、何て言うか…デジャヴっていうやつかなあ…けどこの町来たばっかりだし、はじめて来たのにおかしいなって」
「…なら、考えすぎなんじゃない?」
「そうかなあ…」
「そうだよ。」
茅原の物言いには断固としたものがあって、有無を言わさないようにしているように感じた。
気になるが問い質していいのか分からなくて、朔太郎は違う話題を考える。
「…ねえ茅原さん、金魚が飛んでるところ見たことある?」
「え?」
「…いや何でもない…」
…違う質問にしておけばよかった。
茅原が本気でワケわからなそうな顔をしているので、こんなに呆気に取られては、わざわざ説明して同意を求めるなんて無意味に近い。
「…春海くんとかから聞いたの?それ」
「え」
「兄ちゃんがね、絵本とか作るの好きだったから…昔よく私に聞かせてくれた中
にそういうのあったんだけど、あれ、違う?春海くんじゃない?」
「―……!」
春海から茅原の兄の事を詳細に聞いたことはない。
「ちょっ、茅原さん!それどんな話?」
「え…えーと…落ち込んでたり嫌なことがあったりすると、金魚がどっからか空中泳いできてね、そういう暗い気持ち食べてくれる…っていう話。兄ちゃんが突発で作った話だからちゃんとしたストーリーはなかったけど。」
まだあの金魚は二回しか見ていないしそんな特徴があるのかどうか知らないが―
…
前々からたまに聞こえる幼い茅原みたいな声といい、一致しない記憶といい、この金魚といい、近頃のおかしな出来事は茅原が関係することばかりだ。
茅原の兄と春海が親友同士だったこともあるし、もしや茅原はあの金魚と何かしら関係があるのではないか?
「私その話好きだったんだけど、一回兄ちゃんが話してくれただけだからうろ覚えなんだよね。」
「そっか…、ごめん茅原さんっ俺もう行くね!また明日!」
「へ、…ああうん。またね。」
朔太郎はいても立ってもいられなくなって走り出し、どこかにまだ金魚は泳いで
いないだろうかと探し回った。