君と、○○のない物語
なんだ、この茶色い塊から何か日本語が聞こえたような。
「何度言っても分からん奴だな…」
「…あのー…、猫さん?猫って喋りましたっけ?」
「喋れるものは仕方ないだろう。」
「…もう驚く気も失せたな…」
金魚といいこの猫といい、この町の動物はなんとフリーダムな事か。
いっそ清々しいね。
「それで、此処に来たということは、気付いたのか?」
「は?」
「…何だ、違うのか。まだ分かっとらんのか?」
「だっ…から、何が!?お前俺のこと、何か知ってんのか!?」
猫は目を細めている。
「…ああ、だから先程金魚の事を尋ねてきたのか。時間の掛かる奴だな。お前病院で目覚めてからどれだけ経過したと思っている。」
確かに目を覚ました時から色々な事に違和感はあったが、なんでそんなことを猫が知っているのだ。
「だが、此処に来たからには疑問くらいは感じているんだろう?」
「…金魚のこと?」
「それもあるが…まあいい。直接教えてやることは出来ないが、お前には知ってもらわないと困る。ついて来い。」
猫は朔太郎を促して、道路の先を歩き始めた。
「…何処行くんだよお前ー。」
猫のあとを追いながら尋ねるが、猫は無視して前に進んでいる。
相変わらず人通りのない道が続くが、さっきの場所のように草木で鬱蒼とした感じではなくなって、木々に空を覆われた涼しい通りになっていた。
「ほら、此処だ。」
「…誰の、家?」
辿り着いたのは一軒の白い家だった。
誰もいないらしく、窓もカーテンも全て閉ざされて、しんと静まり返っている。
よくよく観察してみると門柱に『公鳥』と書かれていた。
(…これ春海の家、だ。)
下腹の奥がむず痒くなるのを感じた。