君と、○○のない物語
「お前が見た金魚は悲しみや嫌悪を餌にし、触れたものにそれを見せてしまう、というものだ。…お前も見たことがある筈だ。」
「え?」
「それにお前はその登場人物を皆知っている。早く思い出してやってくれ。」
皆、って、金魚と女の子と男の子か。
「女の子は…茅原さん?けど男の子は?茅原兄?春海?」
「違う。もっとお前の身近にいただろう。」
「誰だよー…」
少なくとも茅原や朔らに関係のある人物だろうが、そうなると心当たりがない。
「…急げとは言わない。だが思い出して二人を助けてやってほしい。出来るのはお前だけだ。」
「…っあ、おい!」
猫は朔太郎の制止を無視して、垣根の向こうに消えてしまった。
◆◇◆◇◆
「春海、何書いてんの。」
「ん?金魚。」
いつだったか、春海とそんなやりとりをした。
覗き込んだ春海のノートには鉛筆で描かれた金魚がいた。
「絵、好きだね。」
「そだね。落ち着くよ。」
「美術の学校とか行けばよかったのに」
「はは、そんな余裕ないからさ。この生活始めた時点で働き詰め決定だしょ?」
「…ごめん。」
「いや朔の事じゃないけどね。家出した時からだよ。」
春海は何事もないかのように笑った。
「…親と、上手くいってなかったの?」
「そうなのかな。」
春海は家出の理由も本当の名前も、自分から教えようとはしない。