君と、○○のない物語
茅原は何かを隠している様に見える。
どうにも嘘や誤魔化しは苦手なようなので見ていればわかる。
「…先生、ちなみに公鳥の母親に会うことは…」
「やめておきな。会話にならないと思うし。」
即答だ。よっぽどのものらしい。
仕事があるらしい元担当医は朔太郎に手を振って廊下の角に消えていった。
ざわめき混じりの静かな廊下に取り残され、朔太郎はため息を一つ。
ざわめきが遠くに感じ、周りから自分の世界が遮断されたようだった。
この感覚には覚えがある。
現れるんだ。
空を泳ぐ金魚たちが。
―…ぴちゃん
朔太郎の後ろから一匹の金魚が泳いできたのを皮切りに、次々と金魚たちは数を増やして増えてゆく。
室内でもいいんだなこいつら。
朔太郎はゆっくり金魚に手を伸ばし、逃げられないようにそっと触れてみた。
そうして見たものは、誰の悲しい記憶でもない。
朔太郎の、もう一つの苑生での日々だった。