君と、○○のない物語
人だった頃―…生きていた頃、自分の持つ『物語を現実に呼び出す力』は億劫で仕方なかった。
どうせ自分にしか見えなかったし、虚しいだけだったのだ。
もしかしたら要にまで似たような力が備わってしまったのは自分のせいかもしれないし、全くもって迷惑な力だ。
けれど、今ならこの力に感謝できる。
猫の姿を借りたことで、もう一度要と対面することが出来たのだから。
『要、要、ごめん。』
いくら呼び掛けても、要には猫語しか届かない。
『情けない兄で、寂しくさせたりして、ごめんな。』
『これからは、きっと朔がいてくれる。夏樹もきっと目を覚ますし春海だってきっと帰ってくる。だから』
茂みからやっと出てこられた朔は、猫から水泡のような何かが浮き上がっては空に消えているのを見た。
恐らく茅原はそれに気付いていない。
朔に気付く訳でもなく、ただ猫を見つめたまま動かない。
『だから、ずっと、笑っていて。』
泡の中、茅原の頭を撫でる掌を、朔は見たような気がした。